かつらでコンプレックス解消

カミングアウトすると楽になるか

少し以前に、テレビで大物司会者が、「自分はかつらである」とカミングアウトしたことがありました。その後もその司会者はそのかつらを着けた状態で仕事をしています。

「かつらであることはバレたくない」という心理はごくごく自然なものです。普通の人であれば、隠し通したいものです。ですが、考え方を少し変えるだけで「かつら」がどういうものであるのかということを「変革」させることもできることが、昨今事例として実現されているのです。

世の中の女性は当たり前のように「メイク」をします。それは、周囲の人に「メイクをしている」と明らかにわかる状態です。女性は素顔をさらさないということは、「通例」です。社会通念として、女性の身だしなみとして、「メイク」は誰もが納得しているものでもあります。なぜ素顔では「はしたない」のか、それは実際のところ理由などないのです。「みんながそう思っている」から「そのようになっている」ということであって、これは私たちの「社会」の中でしか意味のないことなのです。自然界においては、女性のメイクは「どうでもいいこと」です、女性が素顔でいても、メイクをしても、森や川、海の生き物にはなんの関係もないのです。ただ私たちの社会のなかで「常識」とされているだけ、むしろ「素顔」で職場に来たりする人が「無神経」であるとか、「非常識」と捉えられるほどです。

それでは、頭髪が薄いと「恥ずかしい」ということは、実はそれも私たちが勝手に思っていることです。しかし、それは「人による」という部分も多分にあり、頭髪が薄くなってしまった人の全員がかつらをつけるわけではないから難しいのです。そして、かつらを「かぶる」ということ自体がなにか大切なものを「隠している」かのように感じられ、その人の「秘密」となってしまっているのです。それは私たちが「勝手にそう思っているだけ」です。実は、どうでもいいのです。

ただ、その人にとってみれば、頭髪がある状態のほうが、そのような自分の方が「居心地がいい」のです。そのような自分でいたいのです。それは私たちが好きな服を着たい、好きな車に乗りたい、好きなアクセサリーを付けたいと考えることと、まったく同じ心理です。「その人の自由」です。別に誰かがどうこう言うことではないのです。ですが、「隠す」ということでその人の「秘密」になってしまい、秘密は「暴きたくなる」ものであるのです。だからデリケートになってしまうのです。

そのような状態を一気に壊す方法が、「自分はかつらですよ」とカミングアウトすることです。ファッションでかぶっているのだ、と宣言することです。頭髪が薄くなってしまったのは自分のせいではないですし、男性なら誰もが直面する可能性があることです。だけど、「自分はそれが嫌だから、かつらをつけている」と宣言することで、周囲に対して「気にしないでくれ」と宣言するということなのです。それで起こることは、「別にかつらは恥ずかしくない」という新しい意識です。その人に対して、特に遠慮することもなく、変に勘ぐることもない、ただファッションとして、かつらを楽しんでいる人なのだ、という「理解」です。

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