かつらでコンプレックス解消

一度かつらをかぶると引き下がれない

かつらをかぶるということは、一旦は減ってしまった頭髪を「別のもの」で補うということです。現在、世の中にはさまざまな増毛、発毛の方法があり、それぞれがサービスとして提供されていますが、「かつら」はその中でも最終手段です。

かつらをかぶるということは、自分の頭皮を隠してしまうということでもあります。それはある意味「実際」から逃避することでもあり、人に対して「つくられた」頭髪を披露するということです。かつらを装着することはとてもデリケートな問題です。私たちの良識は「人の身体的な特徴を馬鹿にしてはいけない」ということを理性ではわからせてくれるものの、それでもどこか「滑稽なもの」として捉えてしまう残酷な一面もあります。私たちは良識があって残酷です。

私たちが残酷な一面を見せる際は、「誰か知らない人」に対するときです。自然と、私たちは「知らない人」に対する警戒感を持つものです。知らない人がいれば何か自分に害をなさないか警戒するものです。それが、相手を知ったとたんに警戒を解くものです。自分に対して害する人ではないということがわかった瞬間、ましてや自分と同じ趣味を持っていたり、なにか共感できることがあったりする場合には、手のひらを返したかのように親しくするものなのです。それは私たちの常識の中に「自分の身を守らなければ」というものがあるからです。幼少期に「知らない人に付いて行ってはいけない」と教えられたように、「知らない」ということは「危険かどうかもわからない」ということで、「わからないのであれば警戒する」ということになるのです。

私たちが「知らない人」に対して残酷になれるのはその延長線上であるといってもいいでしょう。知らないから、その人が滑稽に見えたら遠慮なく笑ってしまうこともあるのです。頭髪が薄いということは、太っているということやおかしな格好をしているということとは違い、「その人のせいではない」のです。その人がどうこうしたから頭髪が薄いわけではなく、生理現象なのです。背が低い人、背が高い人、声が高い男性がいるように、声が低い女性がいるように、その人がそのような状態にあるのは、不可抗力なのです。ですが、どこか滑稽に見えてしまうのは、それは相手を知らないから、そして「残酷」になってししまっているからです。

かつらをつけるということは、そのような人の残酷で無遠慮な視線から自分を守ることでもあります。ですが、それを装着するということは、風が吹いて外れてしまった際や、何かの拍子に外れてしまったところを見られた場合など、明らかに人が違和感を持ってしまうリスクを抱えることになります。つまり、「かつらをかぶることは最終手段」なのです。人の残酷さを一時はしのげるのですが、その先もずっとしのぎ続けなければいけないということです。それは終わりの見えない戦いです。自分の意志を強く持つ必要もあります。また、親しい人に余計な気をかけさせないためにも、必要なことです。ただ自分の頭髪を補うためではあるのですが、それによって抱えるリスクは想像しているよりも多いのです。ですから、かつらをかぶる際には「覚悟」が必要なのです。

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