かつらでコンプレックス解消

自分らしくいるためのかつら

自分らしく、ということは「言うのは簡単」です。自分がどのような人で「いたい」のかということと、「実際にはどのような人なのか」ということは別だからです。

ですから私たちはそのような理想と現実のギャップに悩むことになりますし、理想の自分でいるためにどのようなことをすればいいのか、時には目標を掲げるなどして、理想に近づくために行動することもできるのです。それが体型的なことであれば、運動するなどして自分を磨くものですし、社会的な立場であるのならば、仕事に邁進します。金銭的なことであれば節約して貯金したり、副業で収入を伸ばしたりするものです。それらの取り組みのひとつひとつは「こういう自分でいたい」という希望がもたらす「モチベーション」によって実現されることでもあり、自分が持つ「明日への希望」がチカラを与える、前向きなものです。

ですが、どうしても実現できないこともあります。「億万長者になりたい」と考えても、そう簡単には実現できません。コツコツ働くだけでは、会社で地道に出世するだけでは、到底届かないこともあります。豪邸に住みたいと考えたとしても、どれだけ努力しても寝食を惜しんで働いても、限界があるのです。そのような「限界」の中には、身体的な限界によるものもあります。「身長があと30センチ欲しい」と思ったとしても、それは「無理」です。大人になってしまえば、もはやそれ以上の成長を期待することはできないものなのです。そのような「限界」を肌で感じながら、それでも少しずつ自分が理想とする「自分」に向かって進んでいくこと、それが「自分らしくいること」なのです。

「どうせここまでだろう」、「なにをやってもムダだろう」、「自分はこんなものだ」と決めつけてしまうことが「自分らしくいる」ということではないのです。自分で自分の限界を定め、それ以上を見ようとしない、それ以上はもう「無理」と決めつけてしまうことは、「自分らしくいる」ということではないのです。私たちには無限の可能性があって、その可能性はそれを「望む」限り「ゼロ」にはならないのです。可能性が「ゼロ」になるとしたら、それは自分が諦めたとき、そこに至るための取り組みを辞めてしまった時なのです。それを「決める」のはほかならぬ自分自身であるのですから、自分で自分の可能性を奪ってしまうということになるのです。

「かつら」をつけることは、生理的な作用で失ってしまった頭髪を補って、少しでも理想の自分に至るために努力することです。「今のままの自分」を「これでいい」とはしないということです。それは自然に抗うことなのかもしれませんが、頭髪が薄くなってしまうのは自分のせいではないのです。自分が怠けたからではないのです。あくまでも生理的な作用であり、そのためにコンプレックスを抱くようであれば、かつらをつけて見た目だけでも自分の理想の姿に近づくことは悪くはないのです。かつらをつけずに、人の視線が自分の頭部にいかないかどうかを気にするよりも、かつらをつけて堂々とする方がいいのではないでしょうか。俯けない、頭頂部を人に見せられないという毎日よりも、かつらをつけてどこから誰に見られても良い状態の方が、自分らしいのではないでしょうか。

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