かつらでコンプレックス解消

あえて地肌が見えるかつらのナチュラルさ

私たちの頭髪は、私たちの頭皮をすべて覆っているわけではありません。それは頭頂部のつむじであったり、生え際などであったり、そのような部分を確認して見るとわかるかと思います。

私たちの頭皮はある程度の部分が表にでているのです。髪の毛が覆えない部分というものがあるものです。「かつらをつけよう」と考えると、そのような「本来は髪がなかった部分」までも覆ってしまおうと考えてしまうものです。そのようなことが人からの「違和感」につながるものです。本当はそこには髪はなかったはずなのに、かつらをつけることで髪がある、そのために人から「かつらでしょう」と看破されてしまった、ということでは意味がないのです。
なぜそのようなことになってしまうのかというと、誰もが髪の毛が薄くなってからかつらをつけようと考えるからです。つまり、髪の毛の下の頭皮が顕になってしまってから「かつらをつけよう」と考えるため、「頭皮が表に出ていること」に対して敏感になっているのです。そのような状態では、「本来見えていたはず」の頭皮までも覆いたくなってしまうもので、そのような過剰な心理が違和感を生んでしまうのです。自分に本来はえていた髪の毛の形を忘れてしまったが故、起こることでもあります。本当はこうではなかった、本当はもっと自然にできるはずだったかつらでのアレンジを、自分で台無しにしてしまっているということです。

本来あったのになくなってしまったものを再現するための「かつら」なわけですから、それはより自然でなければいけません。ですが、「頭皮」に対する過剰な意識がそれを妨げてしまっているのです。それはとてももったいないことです。そのようなことを避けるためには、「本来どのような形で髪が生えていたのか」をしっかり考えると同時に、ごく身近な人に見てもらうということも含めて考えた方がいいでしょう。そのような取り組みを後押しするための「自然なかつら」は沢山あります。本来なかったものまでもかつらによって再現してしまうのでは、明らかに違和感がありますが、それはコンプレックスを抱えてしまった自分だけでは解決できなかったりするのです。

客観的な視点で、違和感がないかどうかを確かめてもらうことは必要です。自分だけが「自然だ」と考えているだけではいけないのです。だれか信頼できる人の、何の偏見も思い込みもない視点、そこから得られる「どう見えるのか」という意見こそが、もっとも信頼できるものです。それが家族であれ、パートナーであれ、そのような人がもしいれば是非協力を仰ぎたいものですし、そのような自分の一番デリケートな部分を委ねられる人というものは、かけがえのない存在なのです。そのような人がいるという幸せを噛み締めながら、改めて自分の苦難を共に乗り越えることは、いい経験になるのではないでしょうか。

ナチュラルに見せるためには、見えるはずの地肌を「見せる」必要があります。その「度合い」は、人によりますが、自分ではなかなか判断し辛いものなのです。だからこそ第三者の意見を聞いてみたいものですし、そのような意見をくれる人は自分にとってかけがえのない人であるのです。

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