かつらでコンプレックス解消

周囲に気づかれているのではというストレス

かつらをつけている際にもっとも気になることが、「誰かにバレているのではないか」というストレスです。「かつらを着ける」ということが「恥ずかしい」と考えているが故の、ストレスです。

完全に周囲には気づかれていないという自信があっても、実際ごくごく自然に装着してはいても、それが「毎日」続くのです。私たちが接する「天気」はさまざまです。暑い日もあれば、寒い日もある、まったく風が吹かない、凪いだ日もあれば、風がとてつもなく強い日もあるものです。そのようなさまざまな状態をかつらと共に乗り越える必要があるのです。それらの状態を乗り越える丈夫で自然なかつらである必要があるのです。さらには、そのようなかつらに覆われてとても不快な状態になったとしても、それに耐え切る必要があるのです。

自分の頭部は自然な状態ではないということなのですから、かつらをつけてそれを周囲に隠すということは、それ自体が「ストレス」なのです。あとはそのストレスといかに付き合っていくのかということを考える必要があります。かつらをつけている事実は変わらず、それによるさまざまな不安、不快感も変えることはできないのです。そして、「あの人はかつらでは?」と疑ってしまう人の心理も変わりがありません。そのようなことをひとつひとつ乗り越えていくことが、「かつらと付き合う唯一の方法」なのです。それはある意味、自分の気持ちの「持ちよう」ということになります。

私たちには「羞恥心」があります。決して人にいうことができない、自分だけの秘密というものがあります。それらの秘密は心にとって「デリケートな部分」であり、人もそれを「察する」ことができます。よほど悪意が無い限り、人のデリケートな部分には触れないようにするのが良識ある人です。「かつらをつけている」ということは誰もが「その人のデリケートな部分だ」と認識するものです。もしかすると、風で飛ばされた瞬間を見たとしても、特になにも言わず、見なかったことにしてくれるかもしれません。

ですが、それは「体裁」上の問題です。実際に起きてしまったことは変えられませんし、見てしまったものは見てしまったこととして記憶に残ります。ですから、そのような状態は実は「お互いに」精神衛生滋養良くないことなのです。それが親しい間柄であればあるほど、「見てしまった」、「バレてしまった」、という状態は好ましくないのです。かつらをつける以上、それを隠し通すことが、実は周囲に対する「礼儀」でもあるのです。気が付かせてしまったら、相手の気持ちも良くないものなのです。そう考えると、「人に気が付かれないようにする」ということは自分のためだけのことではないということになります。「自分が接する人のため、自然にこなす」という目的は、「バレてしまわないか」とただ不安がるよりも前向きなものです。そのような「ポジティブ」な心理に自分自身を持ち上げることで、精神的にも安定するものです。

かつらをつけることは周囲に対する「責任」を負うことでもあるのだ、と考えることで、ただコソコソするだけの姿勢から脱却できるのではないでしょうか。「前向き」になるということはとても良いことであるのです。

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